ららマジ民怖えよ

悪い やっぱ怖えわ

ノクティス構文にハマっている地底のB.B.お兄さんです。

 

さてもさても、ららマジというスマホゲームが昔ありました。人気はそこそこでしたが、数少ない人達に強く支持された作品でした。そんなららマジも採算が取れなくなったのかスーパーノヴァメテオしました。

サ終から306日。私のように未だにららマジを忘れられない人は大量にいるようでららマジ民の方のTwitterを覗かせて頂くと…。

悪い やっぱ怖えわ

ららマジ元々マイナーだったために有り得ないくらいゲロハマりしてる人しかいないのでTwitterはららマジ垢があるような人ばかりです。故、ヘッダー・アイコン・文章全てがららマジ。

サ終してもこんな人が大量にいることに慄然とします。私はサ終した時は酷く涙を流しましたが、サ終した後に見たららマジ民のキモさにドン引きして次第に離れていき、主人公にデフォルトネームが着くと聞いた瞬間死にました。それでもららマジは忘れられず時折触発されては思い出を語り出したり。

 

そしてネットを見てるとららマジはかなり面白い見方をされているようです。

運営は親切で確かにゲームとしては良作だが異端。的な感じだそうです。セーレムかな?

こんな記事を見ました。「プロデューサー!マスター!提督!指揮官!先生!支配人!チューナー!」『チューナーは無いだろ』

うん、無いよね。何、チューナーって?どういう称号?職業?

どうもチューナー呼びに慣れることが出来なくてやめた人もちょこちょこいるようです。少女の心に潜って歪みを取り除くというストーリーが無理という人もいました(お前たちが読んでるクソラノベの方がよっぽど無理だわ)。

ららマジ界隈って抜きん出てディープな気がします。業が深いというか、ヨブ記というか。

 

皆さんららマジへの愛は確かにあるんですけど、皆さん顔が醜い上に臭いから救いようのない人ばかりです。ヘルヘイムの腐海に住んでらっしゃるんですか?と本気で尋ねかけました。

これはどこの界隈でもそうだと思うんですけどららマジは顕著です。高校生になりきれるという性質上、青春を忘れられない汚いオッサンが寄ってくる感じですか?

ペルソナも高校生になりきれるし、心に潜って歪みを取り除くのですがアッチはウケてますね。

チューナーってやっぱ受け入れづらいのでしょうか。

 

 

調律師くんなら受け入れられませんか?(残滓の声)

人間嫌いがハルウララを好きになった理由

私は自他共に認める人間嫌い。

自分を信用しないから、他人も信用しない。信用出来ない自分を信用する人間は信用出来ない。

結果だけがそこにあればよく、友達関係なんていう面倒なものは嫌い。利益の発生しない関係は要らない。

そういう人です。努力とか友情とかそういう前向きな言葉が大っ嫌いな私がなぜウマ娘ハルウララを好きになったのか。そこには私の生き方と対になる彼女の生き方がありました。

彼女は決して強いウマ娘では無い。それでも楽しんでレースに出ていた。次こそは1着になると本気で努力してレースでも手を抜かない。負けてもレースを楽しんでいた彼女を見て心惹かれた人は多い事だろう。

だが私はこれだけでは惹かれなかった。典型的な努力家キャラで終わっていた。

しかし彼女のストーリーで有馬記念が終わった時だ。馬場も距離も適正のないレースで当然彼女は惨敗してしまう。そして彼女は初めて泣いて悔しがった。その時に私は心が動いた。

「ああ、この娘は本当にレースが好きなんだ」と心から思った。絶対にURAを優勝させてあげたいと思った。私とは真逆の美しい心を持った優しい娘なんだと。

 

私は昔バスケをやっていた。やっていたと言うよりはやらされていたという方が近い。親戚の子供が入っているチームの人数が少ないからと無理やり加入させられた。

私はスポーツマンシップクソ喰らえのスポーツ嫌いだったのでやる気なんて起きなかったし、そんな状態で練習しても全然上手くならなかった。練習は最低限怒られない程度に手を抜いたし、試合もろくに動かなかった。それでも怒られないほどの弱小チームだった。

そんなある日、いつものように試合で負けて私は体育館の自販機でスポドリを買ってぼーっとしていた。すると、チームメイトの親が私を冷めた目で見ていた。その後には母親から「負けて悔しくないの?」と聞かれた私は「悔しいわけないだろ。やる気もないのに」と返すと「買って悔しくないのはいいが、負けて悔しくないのはおかしい」とだけ言った。私はその日から元々なかったやる気が完全に死んで練習も適当にやるようになった。周囲もそれを感じたのか誰も私を責めなくなった。なんとか引退まで続けたがよくしてもらっていたコーチからは引退式のあとに「B.B.はバスケ向いてないね」と言われた。

無理やりやらされて、やる気を出せと言われて、負けて悔しくないのはおかしいと言われ、最後の最後には向いてないとまで。腹が立った。嫌でも付き合ってやったのに罵倒されただけ。そのせいでスポーツが本当に嫌いだ。

ハルウララは自分の意思でレースに出て、常にやる気に溢れていて、いつしか本気になって自分で敗北の悔しさを知って、大きなレースで優勝してみせた。

こんな私が彼女を見ていると「私ももしかしたらこうなれたかもしれない」という愚かな幻想を抱いてしまう。もし、チームに入るとなった時に少しでもやる気になれたなら、少しでも上手くなろうと思って練習していたなら、試合で負けて悔しいと思えたなら。少しは良くなっていたかもしれないのに。

私は愚かだったからこんな道を選んでしまった。しかし彼女はまだ若く、そして純粋だ。そうであるならばトレーナーとして彼女を一人前にしてあげたい。私と同じ道を歩ませたくない。

私はいつの間にか彼女を好きになっていた。

彼女はいつでも明るく、努力家で、周りを笑顔にしてくれる。かつて私が憧れた自分に似た彼女を守りたくなってしまうのだ。

B.B.はVtuber界隈が気になる

最近流行りのVtuberさん。(以降V)

最初のキズナアイとかが出てきた時点で「どうせすぐ終わるだろ」と思ってましたがそんなことはなく、色々と発展してくれました。

ちょっと観察していたのですが、彼らなかなか面白いところを抱えていますね。

 

1.中身に人間がいる

ガワは綺麗でも中身は人間。配信してる時に中身の素が出てることがちょこちょこあるようです。

テレビなんかに出てるアイドルとかは放送のために編集されているし、その役に徹しているおかげでそのアイドルとして見れます。

バーチャルだと顔が隠れるせいか本性が出やすいのでしょうか。

 

2.ホーム以外で弱い

これデカいと思います。同時に長所かもしれませんが。Vも一時期は色々出ようとしていたそうです。アニメとかゲームとか…。

ばーちゃんさんは見ている、でしたっけ。そういうアニメを放送したそうですが、私が見た限り評判はあまり良くないようです。

ゲームに関してはブイブイブイテューヌというものがありまして。ネプテューヌシリーズのTPSにVがゲスト参戦するというものです。と言っても戦うのはネプテューヌシリーズのキャラとオリキャラなのでサポートキャラの立ち位置です。そしてこのゲーム、目も当てられないクソです。ロードの度にVの宣伝が来たり、ことある事にVのワイプと感想が入り、初期の頃に限ってはV事の音量が統一されていないせいでいきなり大声が響くみたいなこともありました。

後々キズナアイや十和キセキがプレイアブルDLCになったそうですが、その頃にはVファンからも見放されていましたとさ。

 

しかしホーム以外に弱いというのはわざわざ敵を作りにいく必要が無くなるという強みでもあるかと。

 

 

そしてここからが本題。

今日は面白い炎上劇が見れました。

ホロライブ所属の二人のVが燃えました。

どうも二人で配信して、片方さくらみこが同人誌を冷蔵庫に入れてもう片方の宝鐘マリンに見つけてもらう的なドッキリだとしても悪質なものをやっていたそうです。

ここまでなら「クソ」で済んだかもしれませんが、彼女らはここからやらかしてくれました。

見つけた宝鐘マリンがタイトルを見て大笑いし、そのタイトルを読み上げ二人で笑いものに。そして逆CPと宣った上(すぐに訂正されたが)、作者には無許可で、V信者が作者には攻撃する始末。

これが個人なら可愛らしかったものの、企業所属の配信者でスーパーチャット(所謂投げ銭)を許可していたのでエラいことに。

それ以前に人の創作物を冷蔵庫に入れて笑いを取ろうとする発想自体サイコとしか言えず、またそれを面白がったり問題行動全体を擁護しかしないV信者の人間性も疑ってしまいます。

今まで何度も燃えてきたVですがこれはさすがに酷すぎるなと。ドン引きです。

 

これは勝手なイメージなのですが、ホロライブが燃えやすい気がします。黄リンよろしく放っておけば燃えてるイメージ。

無許可でゲームやって収益化してたり、台湾を国として扱ってボコボコにされたり。

化けの皮被ってても人間がクソならクソってことです。

 

最後に、世の中には善良な方がやっているVもあります。ヤバいのは一部のVだけです。ISみたいなもんですね。

なぜペルソナ主人公を受け入れられるのか

私は名有り主人公が嫌いだ。

現実で認められないからゲームの中で英雄になって認められたいという愚かな承認欲求である。

だから、何らかのゲームをやり自分の名前でプレイする。しかしそれがアニメ化、ノベライズした時固有の名前が主人公に生まれる。

その瞬間に主人公は私ではなくその人になってしまう。私はそれが最も嫌いだ。

 

プリコネがしてその例である。アニメをやってから主人公はユウキ一択になってしまった。平凡な顔に平凡な名前の主人公が完成してしまった。そしてそれは大衆に受け入れられた。Brandonという主人公は死んだのだ。

 

しかし、ゲームで自由に名前をつけられながらもアニメでデフォルトネームがある主人公でも好きな例がある。

それこそがペルソナシリーズの主人公だ。

3では結城理、4では鳴上悠、5では来栖暁。

しかし私は自分が主人公であると確信しながらも彼らを受け入れることが出来ている。それはなぜなのだろうか。

それはペルソナシリーズの主人公は顔がメインキャラクターとして受け入れられる印象的な顔であり、主人公自身が戦うからに他ならない。

私が自分の名前を付けた主人公は大抵戦わない。見ているだけ。故に強烈な個性がつかず、デフォルト主人公が出てきた時に自己が負けてしまう。

しかしペルソナ主人公の場合は、自分の名前のついたイケメンが戦い、学園生活を送り、世界をも救う。故に頭の中で強く自分=主人公と結び付けられる。

またペルソナシリーズは自由な作風だ。どのようなペルソナを仲間にし、どのようにダンジョンを攻略し、どのような人と親交を深めるのか。これはプレイヤーの自由だ。アニメで描かれるペルソナと自分が描いたペルソナは全くの別物なのだ。だからP5の場合私なりのジョーカーがそこにあるし、来栖暁なりのジョーカーもまたそこにあるのだ。

 

見た目が平凡ではないというのは極めて重要だ。

見た目が平凡なら口調、性格によって見た目は食い殺され、そちらばかりが印象に残る。しかし見た目が優れているとそういった内面的なものは外見に食い殺され、現実の自分との口調や性格の乖離は気にならなくなる。 

またペルソナは壮大な物語だ。世界を救ってしまうのだからその役を担うのは当然美男美女であるべきだ。

平凡な主人公が世界を救ってしまっては面白くないし、平凡な主人公と平凡な自分を比較してしまい感情移入がしにくくなる。しかし個性的な主人公なら自分はそうはなれないと分かりきっているので心の中で主人公になりきり深く感情移入出来る。

 

平凡無個性はある種最強の個性と言える。だって世界中の誰もが平凡無個性であるが故に、それは他人に見えるから。

特異な個性はある種最強の無個性と言える。この世界にそのような個性あふれる人はいないのだから全力でなりきれる。

英雄になりたい時、ペルソナをやってみよう。きっと貴方を満たしてくれる。

シェルノサージュ DX クリア後感想


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やったぜ。

シェルノサージュをクリアしたので感想を書いていきます。

 

1.システム

七次元先にいる(?!)記憶喪失ヒロインと端末を通してコミュニケーションをとり、記憶を修復してストーリーを進めよう。というもの。

その他にもアイテムを採取してもらったり、アイテムを工作してもらうという要素もありますがこれが厄介。採取や工作にはアイテム事に決められた時間が経過する必要があるのですが、リアル時間が経過しないといけません。ただ、ゲーム内ポイントを消費すれば時間のスキップも出来ます。

ストーリー後半だと特定のアイテムがなければ話が進まないということになるので工作してもらうのですが、作るのにリアルで4時間近くかかりました。地獄です。

 

2.ストーリー

全12章からなるストーリーで、4章毎に区切られます。

肝心の内容についてですが、専門用語が多すぎて訳が分かりませんでした。世界を救うためになんたらかんたら、みたいな話でしたがあんまり読んでないので分かりません。

序盤から中盤は主人公サイドがやられまくりますが終盤はひっくり返してアツい展開になります。

終盤からは面白かったです。

ストーリーとムービーはスキップできません(全ギレ)

 

3.音楽

悪くない感じです。詩魔法なるものが重要になるだけあって音楽には力を入れていました。

古風な民族音楽みたいな感じです。

 

4.キャラ

善人かクズか。ほぼこれで二分できるようなキャラクター達です。

クズはどこまで行ってもクズだし、善人はどこまで行っても善人だし、みたいな。

未成年が多い気がします。

 

5.トロフィー

なかなかの苦行でした。

ほとんどはストーリー進めれば取れますが、ヒロインと結婚しろとかいうのは苦行。デートに行くためのアイテムを60個作らなければならないとかいうアホみたいな苦行。完徹して取りました。

 

 

まとめ

ストーリーはどんどん面白くなるし、ストーリー進行もどんどん楽しくなるけどとにかく苦行。ストーリークリアが史上最凶レベルの苦行。

オフライン故、時間をスキップ出来るが原作はオンラインなので時間スキップが出来なかった。私は原作プレイヤーに多大なる敬意を表しここに終わりの言葉とする。

シェルノサージュ DX 触りのレビュー

シェルノサージュ DXの簡単な感想です。

 

進行状況 3章クリア

 

記憶喪失のヒロインと日常を送りつつ妖精に記憶を修復させてストーリーを追っていくゲームです。

 

一言で言うと虚無です。お使いを頼む、記憶修復を頼む、時間を飛ばす、お使いを頼む、記憶修復を頼む、時間を飛ばす、お使いを頼む、記憶修復を頼む、時間を飛ばす、お使いを頼む、記憶修復を頼む、時間を飛ばす…。

これしかやることありません。

そしてお使いで手に入る素材を元に道具を作ってもらうのですが、要求される素材が多い上に訳が分からない。

肝心のストーリーですが、日常パートと違ってギスりまくってます。ギスギス80パーセントです。あとは下半身直結野郎と男尊女卑とガキの恋愛。正直言って、ストーリー追うのは苦痛です。全部スキップしてます。ストーリー読み終わるとヒロインが要約してくれるので見る必要ないかと。

ムービースキップ出来ないのもかなりの苦痛。

時間を飛ばすとありますが、要はお使いや工作をスキップできます。しかし重要なのはここではなくて、ヒロインは普通に生活しているので食事もしますし睡眠も取ります。その間は依頼を出来ないのでそれをスキップします。

最序盤の頃は時間をスキップするためのポイントが少ないので依頼の間は暇になるので暇つぶし必須です。しかし一章も少し進めば記憶の修復で手に入るポイントが消費を上回るのでスキップし放題になり、暇を潰す暇もなくなります。

正直スキップ無しのオンライン版をクリアした猛者は仏陀になれると思います。賽の河原の方がよっぽどマシです。

 

私はこれを苦行サージュ、虚無ノサージュと呼んでいますが、こんなゲームを買うくらいなら大人しく普通のギャルゲー買った方がいいと思いました。ただ、ギャルゲーは主人公が固定ゆえ私は遊べないのでシェルノサージュに逃げたわけです。

主人公はプレイヤー派の皆様がどうかこのゲームを手に取りませんように。マジで地獄です。

けものフレンズ3 生放送について

※ここは前置き。飛ばしても構いません。

けものフレンズプロジェクト…。

動物を擬人化するというメディアミックスだ。

初出のスマホゲーム『けものフレンズ』は重厚かつ質の高いストーリーで一部の界隈において人気を博した。

そしてサービスが終了し、伝説のアニメ『けものフレンズ』は始まる。主人公の成長を上手く描いた物語は多くの若者の心を掴み、社会現象にまでなった。

しかし盛者必衰。けものフレンズは滑落していくことになる。

実力と人気のある監督を降板させ、大炎上しながら始まったアニメ『けものフレンズ2』だ。恐るべきことに、当アニメに関わったスタッフのほとんどが想像を絶する屑であったために放送前、放送中、放送後でも炎上し続け、過去の栄光すら薄れるほどに。

そこに差した一筋の光明。ゲーム『けものフレンズ3』。ここまで来ると興味があるのは本当にけものフレンズが好きな人だけだが、蓋を開けてみるとそこには衝撃があった。

究極レベルの動物リスペクト、極めて親切なユーザー対応、真摯な運営、上質のストーリーなどで評価を徐々に高めていった。

 

さて、ここで私について話しておく。ただ単に批判するのではないということを念頭に置いて頂きたい。

私がけものフレンズに入ったのはアニメからだ。

また、私は所謂オタクでは無いことも明言しておく。ゲームこそやれど、アニメやマンガ、ラノベは見ない。けものフレンズも当時の趣味であった擬人化出会ったため偶見たに過ぎない。

個性のあるキャラクター達に惹かれて、私はけものフレンズを好きになった。

動物園のコラボが開催されれば足繁く通い、CDを買ったりその他色々とつぎ込んできた。

けものフレンズ2も見たし、ちょこけもも見ている。課金頻度こそ低いものの、けものフレンズ3もしっかり遊んでいる。

 

※ここから本題

けものフレンズ3はゲームシステムは個性的だし、運営も親切で、スマホゲームとしてはかなり高い水準に纏まっていると言える。

しかし、どんなものにも欠点がある。

このゲームの場合は広報だ。

Twitterの広報はいい。しかし生放送が最悪だ。

このゲームは重大発表があると必ず「けもレポ」と銘打って生放送をして発表する。メインキャストを呼んでやっているのだ。

何が最悪ってその内容だ。ゲームの情報盛りだくさんなどと言っているが、それは後半の話であるし、最近は中身ペラペラのクソだ。生放送はこのように進行する。

オープニング映像→キャスト挨拶+キャストの馴れ合い→(ユーザー投稿企画)→パンク町田を呼んでの動物教室→キャストの馴れ合い→既出情報の再公開→新情報公開

いくらなんでも前置きが長すぎやしないだろうか。

最初の放送は1時間放送で新情報公開まで30分くらいであった。まぁ最初だし、仕方なく見ていた。しかも最後の情報は中々のインパクトのあるものであったために許容できた。

しかし回を重ねる毎に前置きの時間が長くなり、新情報は薄いものになっていく。

最初の頃こそ人気キャラプレイアブル化、新形式イベント実装などの強い情報だったが、最近の情報はガチャ無料、ガチャチケ配布、イベント開始だけだ。予想出来るような似たような情報ばかりである。

情報が薄くなるだけならまだしも、最初は1時間だった放送も1時間半になり、そのうち1時間が前置きという最早狂気すら感じる状態だ。

キャストが馴れ合ってるのを見てもなんの得にもならないし、パンク町田の動物教室なんて完全に時間の無駄だ。動物教室が終わればキャストが無関係な台本を読み出すし、けものフレンズ3である必要性がない。

挙句、2月25日の放送と来たらまさかのゲーム新情報ほぼ無しだ。関連グッズ発表と既出情報の公開だ。

最近の放送ではプレイヤーカスタムのマイルームを発表するようになってしまった。そういうカスタマイズに興味のない私としては見せられるのは苦痛以外の何物でもないし、ましてや何処ぞのキモオタが作った部屋を見せるために時間を割くなんてマトモな人間の下せる判断じゃない。

こんなものを見る時間があるなら地域のボランティアに参加した方が地域活性化に繋がるし、極めて有意義だ。

放送された情報は後々Twitterやゲームでお知らせされるのだから見る必要も無い。

けもレポは情報公開の場からキモオタの集会に成り果てた。

コメント欄を見ていると視聴者はキャストの馴れ合いや動物教室も楽しんで見ているようだ。これを読んでいただいている諸兄らは恐らくそういった人種なのだろうからあまり酷く言いたくないのだが、感性が理解できない。

こういった放送を望んだ視聴者、それを受け取り実行した公式。そうしたことによってけもレポは完全にクソになった。

こんなクソを作り上げる生物が同じ惑星に存在していることが信じられない。

私はもう大人しくゲームだけやることにする。生放送に期待する私が間違っていたらしい。

皆様の考えや意見をコメント頂けるとありがたい。