器楽は敵になった

これは一人の人間の言葉でしかない。

この言葉に何か意味がある訳では無いし、誰かに届けられるべくして発せられたものでも無い。

このネットという時代の産物の片隅にある集合墓地の一角に生きた証のために残す墓標である。

 

歓喜

かつて、ららマジというゲームが存在した。

ライトフライヤースタジオからリリースされUnityを用いて開発されたスマホゲームである。

プレイヤーは主人公「調律師」。東奏学園器楽部の生徒たちは呪いにかけられている。その呪いを解くべく彼女達の心へダイブし調律するというストーリーだ。

器楽部が舞台ということもあり、本作は名作クラシックからの引用が多い。メインストーリーはそれらと各器楽部員をマッチさせた内容になっている。特に、いばら姫、アマデウス、ある晴れた日に、美しく蒼きドナウは傑作だ。実装されたストーリー後半ではクラシックのみならずTHE BLUE HEARTSMEGADETHなどのバンドからも引用されている。

そして器楽部員は合計31名。(30名だったかもしれない)一人一人がメインストーリーの一つの章を飾るのでキャラの掘り下げが深く行われる反面、長くなってしまう。最後まで行こうと思ったらメインストーリー31章+終章だ。スマホゲームでここまで出来たら偉業と呼んでいいだろう。

しかし……。それは叶わなかった。

ららマジは大衆に受け入れられなかった。ネットではバカにするものすらいた。夢は、打ち砕かれた。

 

そして来たる2020年6月3日。器楽の夢の舞台は幕を下ろした。しかしサービス終了時の盛り上がりは凄まじいもので一部ネットメディアやゲームレビュアーに「愛されてサービス終了したゲーム」と紹介されるに至った。調律師達の情熱は何かを動かし、13章か14章程度で終わったしまった物語の続き2章をノベライズという形で続けさせることになったのだ。クラウドファンディングという形式で序章から書き下ろしの最新章までを何者かが書き記したのである。

史上の狂喜、又は深遠なる悲嘆が訪れる。

 

主人公に、名前がつけられたのだ。

原作の主人公はプレイヤーであり、名前を設定しても登場人物からはチューナーあるいは調律師と呼ばれ、主人公の名前の呼称はあらゆるやり方で避けられる。しかし小説ではそうはいかなかった。

現代風な悪い言い方になってしまうが、仲の良かった女友達全員が寝盗られたと言ったら分かりやすいだろうか。もはや彼女達の記憶にかつてのプレイヤーの影はなく、見知らぬ男との記憶に塗り替えられたのだ。

誰かの物語を辿りたいのなら、それこそ漫画やアニメ、ラノベで良くなってしまう。プレイヤーが主人公であるからこそ、その戦いの動機はそれ以上なく強いものとなり、物語の思い出はこの上なく深く心に刻まれ、数々の選択の葛藤すらも愛おしい。

我が家に書籍が届いた時、焚書してやろうかと思ったが、出来なかった。自分の過去を否定するようで。

その後もポップアップストアやレストランコラボなど細々と活動を続けていたが、今年3月11日以降沈黙を貫いている。きっと、ようやく、彼らにも死というものが訪れたのだろう。

 

「慟哭」

ららマジサービス終了から数年後、ある日突然新たなゲームが発表された。その名はタクトオーパス

名作クラシックを擬人化した新作スマホゲームである。ららマジに出会ってからクラシックにのめり込んだ私はこの発表に欣喜雀躍し追加情報の続報を待った、が。

このゲームは主人公に名前があるのだ。

またしても人は同じ過ちを犯したのだ。

激昂し、当たり散らした。もう全てがどうでも良くなった。大きな力の前に立ち尽くすことしか出来ない自分の非力さを呪った。クラシックが嫌いになった。

そして先日サービスが開始した。ららマジとは対照的に煩わしいまでのネット広告、地上波への進出、マーケティング戦略の差があった。目にするのが苦痛で片っ端から広告を停止するが、虱のようにキリがない。あまりに数が多すぎる。ある者は「嫌なら見るな」と言うが、ならば見なくて済む方法を作ってくれ。それが出来ないなら黙っていろ。

塞がった古傷に再び刃を突き立て、塩を塗りたくり蛆を産み付ける悪魔の所業は今も続き、私の頭を苛んでいる。逃げ道なんてどこにもない。

私はただ、彼らが死ぬまで待つしかない。無力な人間は嵐の訪れにただ震えて過ぎるのを待つことしか出来ないのだ。

ららマジのサービス終了から数年経ってクラシックへの興味も尽きてきたが、私は遂にクラシックが完全に嫌いになった。耳にするだけで頭痛と目眩がしてきてどこからともなく湧いてくる憤怒が私を傷つける。かつて心から愛していた美しく青きドナウすら、今となっては音響兵器であり、癒しなどでは決してない、完全なストレッサーだ。

こんな思いをするならば、ららマジと出会わなければよかった。そんなふうにすら思えてくる。美しかった過去は今や腐り果て、悪臭漂う蝿の王国となってしまった。そこに希望も、未来もない。

 

 

最後に。

タクトオーパスなんてクソ喰らえ。さっさとサービス終了しろ。喜んでプレイしたヤツ全員生きたまま焼かれて死ね。開発に関わった奴ら全員地獄行きだ。

このゲームが生まれたことによってクラシックを元にしたスマホゲーム、という大衆の記憶には「タクトオーパス」と刻まれ、ららマジは世界の記憶から失われていくだろう。

弱肉強食は自然の摂理であり、私もそこは認めなければならないのだが、彼らは侵蝕者であり、私の過去も未来も踏みにじって行った。

もはや愛も記憶もないが、こう記す。

 

私が私の時間をららマジに捧げたのは淘汰される為ではない。クラシックと現代人を繋いだ歯車、それに繋がれた一人の男として、このゲームを世界の記憶に残す為だ。人間は過去と手を取り、さらに進化できるという証拠を未来の人類へ伝えて行く為だ。それが出来るのはプレイヤーたる調律師自身であり、他の誰でもない。

彼らはクラシック音楽のゲームにおける歴史を上書きし、過去を覆い隠そうとしている。そしてまもなくそれは成されてしまうのだろう。しかし、忘れるな。歴史の闇に葬り去られた者達は決して沈黙してはいない。その恨みは彼らの脳裏に永遠にこびりつき、未来永劫の呪いとして刻まれるのだ。