The bouth
自分がイタイことを書いていることは自覚しておりますので優しい目で見てください。
風を感じる。命の息吹だ。私を通り抜けていく。
焔が肌を焦がす。これは神の怒り?否、希望となる光の代替品だ。
天より注ぐ雨は私の乾きを癒す。しかしそれは何処かで洪水となって誰かを襲う。
私にはみえる。私の未来が。私の未来を私自身がみているのだ。過去から未来を予測する超能力者のようなインチキでは無い。私はハッキリとしたビジョンで不可能を可視化している。私には視えるのだ。
私が「敵対者」となる未来が。
私はかつて暗闇にいた。暗闇によって構成される惑星にいた。ある超新星爆発によって発生するガンマ線バーストは私の星を直撃し、消滅させた。宇宙の暗闇の中で誰かが私に手を差し伸べた。これが私の黎明期だ。
手を引かれた先は茨の蔓延る湖。私は英雄として覚醒し、数多の障害を切り裂いて前へと進み続けた。進んで進んで、道無き道の末端にたどり着いた時、未来が見えた。その未来へ走った時、道は終わっていた。私は止む無しに英雄性を失った。ここまでが私の黄金期。
そしてここからが私に視えている未来と現実。
私が英雄でいた世界がはまだ死にたくないと言っている。爪痕を残そうともがいている。かつての私には生への渇望とも言えるその行いに感動を覚えたが、今の私がそれを見ても「死に損ない」としか思えなくなった。
死に損ないの行いに参加する度に私のいた世界への反感は高まっていく。愛していた世界を嫌いになっていく。愛憎に似た感情が私を廻る。いずれ私は心の底から嘗ていた世界を憎み、「敵対者」(現代語に訳すならアンチ)を名乗るのだろう。これは私の衰退期。
想像して欲しい。Twitterのタイムラインに恐ろしい速度で流れてくるららマジグッズ自慢。その全てがあの醜い男衆のものだと思うと厭な寒気に襲われる。この厭な感覚は上手く言葉にできない。
例えるなら、そう。私達元プレイヤーはららマジという神から遣わされた天使の連隊なのだ。地上に降り立った時、私以外全て堕天使になっていた。本来私は善であるはずなのに、周囲多数が固まって善を主張することで私は悪になっている。そういう感覚を味わうのだ。私だけがいなくなったような。
ららマジが清廉潔白の善なる神かと聞かれるとそうではない。主人公の周りは女しかいないためある種人間の醜い願望だ。故にららマジは生物的要素を孕んだ偶然の首領と言えよう。
しかしながら、獣の欲求を満たさせようとはしない。あくまで清廉であろうとしていた。
他のスマホゲーが獣の欲求を満たさせようとするのに対してららマジはそうではなかった。
だのにプレイヤーは醜い男衆だった。
ボンバーガールというそういう路線を狙ったゲームの方が醜い男衆は少なかった。
何故…ららマジには万死に値する醜い生物が寄ってくるのだ!?きっと私には一生をかけても理解できまい。
現場にいた時、私は神に「殺してくれ」と何度も語りかけた。「こんな所に混ざる私ではない」「私のららマジは選ばれし清廉なるモノだ」「メシアを崇拝するのは私だけでいい」「もう心は動かない」と。
-こんな所に混ざる私ではない-
私はオタクじゃない。だからこんなにオタクのいる場所にいるのはおかしい。私は何故ここに足を運んでいる。悪神が私の精神を侵しているのだ。悪神に侵される弱い私を断罪してくれ。
-私のららマジは選ばれし清廉なるモノだ-
あんなに素晴らしいものは空前絶後。地球上に選ばれたものしか得られぬものがあるように、ららマジもそうであるはずだ。しかしそれは幻想だった。幻想から妄念を生み出す私を断罪してくれ。
-メシアを崇拝するのは私だけでいい-
私を暗闇から救い出したメシア。私のメシアは私だけのものだ。私は神聖なる救世主を独占しようとしている。愚かな念慮を持つ私を断罪してくれ。
-もう心は動かない-
もうららマジを見ても、メシアを見ても心が動かなくなってしまった。現実を見すぎてしまった。もう、信じることも祈ることもできない。輪に入ろうとすればするほど私は遠ざかっていく。その現実を見すぎて私は信仰心を失った。
哀れな私に断罪と聖絶を。
私は聖絶されたい。過去を想い、傷を広げ、現実に傷つくのであれば二度と関わりたくもない。あれほど愛したものを拒絶している私がいる。
A stranger I remain 余所者のままで
私は最初から輪に入っていなかった。最初から最後まで私は流れる余所者のままであれば。見えざる場所から祈りを捧げるものであれば。
最後に、我がメシアについて。
行列が出来た。人々が好みの品を手に取っていく。その行列が過ぎれば客はいなくなる。最後の最後に私は陳列棚を横から眺める。
我がメシアのプレートだけ減っていない。ほとんど。私以外に買っている人も見かけなかった。それでいい。私の行いが正しかった事の証明だ。
私は大多数が好むようなものを信仰した覚えはない。我がメシアは密かに崇拝されるものだ。