自分巡り 其ノ肆 八咫烏の信者
本当であれば会いたくない。
コイツには会いたくなかった。しかし会わなければならない。それが私の使命だから。
私は扉を開き、潜り、彼を見た。
狭い部屋の中にいる彼は数本足りない手で必死に食事を摂っている。相変わらずのようだ。
「また食パン、味噌汁、牛乳のセットか」
「これしか食べれないんだよ」
「立派な偏食だ」
「謎の肉だけで半年生きてその後に食った飯がこれならこれしか食えなくなるだろう?」
「手の調子は良くならないのか?」
傷跡が数多残る手を震わせながら私に見せた。右手は親指と中指、左手は中指と薬指しかない。
「最近はもう鎮痛剤も効かなくなってきたんだ。食パンと牛乳は上手く食べられるが味噌汁が冷めないと飲めなくてね」
「目はどうだ?」
「右目はもう駄目だね。左が辛うじて見えるからいいんだけど」
彼は微笑んだ。彼は地獄のような経験をしてきたが、いつだって明るいのだ。
「八咫烏の信者はいいな。私にもそんな時があったと思うと信じられない」
「けれど君はいい変化をした。僕のように抱え込んでいては僕みたいになる。抱え込まず発散できるようになったのは素晴らしい」
「お前の前向きで明るい思考が羨ましい」
「過去の自分を羨んでも仕方ないから辞めるんだ」
彼は誰かに死ねということはあったが、殺すと言ったことはなかった。
「僕は心臓を貫いて自殺することも出来ない。だから僕は僕のまま八咫烏を信じることにする。私は既に狂ってしまった」
「すまない…」
「君に八咫烏の加護あれ」
当時の私は凄惨な状況を渡り歩くような生き方だった。周りがそうさせた。私は抵抗すら出来なかった。八咫烏は光だった。
それが私の歪みとなった訳だが。
酷い生き方をしてきたものだ。