月の登る刻

ある男が死んだ。名をアントニオ・サリエリ。いや、正確にはサリエリを名乗る一人の若獅子。それが殺された。

殺したものはシャーリー。その者、眠らず、食さず、欲あらず、最も優れた完璧な魔法使いだ。彼はいつもこう言っていた。「シャーリーはいつも見ている。君達を、そして彼を。音楽は誰かを幸せにできるが、音楽を使って誰かを幸せに出来る人間は少ない。だからシャーリーは絶対的な力を持って遺された人間を支配、或いは導くことにしたんだ」

アントニオは優れた音楽魔法の使役者だった。しかし彼はこの世に絶望し、その音楽を以て世界を壊すことを望んだ。アントニオが放った彼の究極魔法「タラール」はシャーリーの「調律の記憶」に敗れた。

 

 

ここは、また、私の心の中。

今度は私はどこにいるのかって?真夜中、新宿の高層ビルの屋上だ。

雨も強く降っていて、雨粒に街のたくさんの光が乱反射して綺麗だ。私は黒いレインコートを着て。ビルの端から足を投げ出して座っている。

私の隣には身体中に火傷を負った男がいる。彼は私のうちの一人。神の焔に焼かれた者。

「まだ捨てきれないか。自分の命は投げ捨てられるのに、たかが印刷のあるプラスチックを投げ捨てられないか。こうしてお前は往来の人々を眺め、心を慰めるのか。悪くは無いが、お前はそれでいいのか?」

「私には分からない。何が正しくて、私がどうするべきかなんて、英雄のなり損ないにはね」

「では一度死んでみるといい。そうすれば永遠の闇の中で答えが分かるかもしれない」

「そうしたさ。ここから都会の中に落ちていったよ。だけど地面をすり抜けて私はここに戻ってきた。私は死ぬことを許されないらしい」

「では哀れなプラスチックを捨てろ」

「ではお前がやるといい。お前にやる勇気があるなら私もそうする。しかしお前にはそれは不可能。その火傷が一番の証拠だ。治せるのに治さない。お前はその傷に夢、絆、魔法を重ねているんだ」

「私はまだソレを愛している」

「それが真なる愛である事を願う」

信仰は…。火の中に薪を焚べて、放射線が放たれて死に至る。サイレンを止めて、今すぐにその身を投げろ。

私は怖い。