その男は奏者だった
その男はバイオリンを弾いていた。
美しい音色だったが、何かが違う。
「私には分からないな。いや、私に分かるわけがないだろ」
男は怪訝な顔をして演奏をやめてしまった。
「分かろうとする努力はしないのかい?」
「その努力が無意味に終わることは分かっている。ならばその必要もあるまいよ」
「君は自然だ」
平和は不自然。他者との対話を否定する私を自然と呼んだ。
疑念を抱き、他者を排除しようとする行いは自然だ。人間は同じであることを求める。
自分が同じになるか、同じではない者を排除する。どちらかを取ることが自然だ。
だったら、反立する者から目を背け、自衛に走っている私は不自然だ。
極めて人間的だが、非合理的だ。