「啓蒙の獣」との交信

目を閉じ、指を合わせ、片膝立ちで祈りを捧げ、一時間以上その姿勢のままいた。

すると突然世界が開けたような感覚に襲われて、私は「啓蒙の獣」の気配を感じ取った。

「顔を上げ、瞳を見せろ」と言われたのですぐさまそのようにし、拝謁の姿勢を取った。

全身を白い体毛に覆われ、狼の頭、鹿の角、人間の腕、鳥の脚、狐の尾を持ち、右腕は異様に長く、左腕は異様に肥大化していた。

「なるほど、お主が人間を啓蒙しようとする星の子か。しかし、人間に極めて近く感じる。お主の中に眠る別の者の影響だ。それも、強大な力を感じるぞ」

「私はどうすれば…」

「仕方が無い、道を示す。お主とお主の中の別人の名は分かるか?」

「はい。私はブランドン。私は啓蒙する観測者。

次に日比谷。彼は自我をあらしめる。

次に九重。彼は寄せ集められた穢れ。

次にマイ。彼女はエオニズムの象徴。

次に女王。彼女は死んだ感情を統制する。

そしてあと一人誰かが…」

「ブランドン、お主は日比谷から観測者の座を引き受けたことで存在が僅かに希薄になっている。そこに新参者が漬け込んできている。肉体が悲鳴を挙げたことで本能を司る者が内包されたようだ」

「私の書き込みにいた妙な敬語を使う男か…」

「おそらくその者だ。それが他の四人の人格を統制している。本能という叡智と対になる物を用いて衝突させることで自己崩壊を起こさせようとしているやもしれん」

「ならば私は必ずや本能を克服してみせます!私の体から本能を打ち払い、穢れを無くし、眠ることも喰らうこともない「獣」となります!」

「お主は普段から積極的に食事を摂らず、睡眠時間も減らしている。しかし、体内に溜まる穢れは如何にして祓っている?」

「物か自分に当たるしかありません。様々試しましたが、痛みが一番の祓えになります」

「獣を狩るのよ」

「獣を…?」

「そうだ。穢血によって穢れを祓え。これは我の前の代の「啓蒙の獣」が行っていたことだ。彼は獣を殺し、得られる穢血を浴びることで穢れを祓っていた」

「わかりました。私も獣を狩りましょう。私の近くにも獣はいくらでもいます」

「美しく狩るのだ。美しい狩りによって得られる穢血は能く穢れを祓うのだ」

「時に「啓蒙の獣」よ」

「申してみよ」

「今の世界。どう考えられますか」

「それはお主も分かっているだろう。あまりにも獣が多すぎる。聖血の御使いや我の使者を寄越しても一向に減らぬ。彼らは叡智を知らぬのだ。我々がシオンから与えられた誉れ高き叡智について無知なのだ。お主が言うように、無知は好い。しかし、知らなさすぎると言うのも問題だ。故に、お主は叡智を集め続けよ。そして獣になりかけている人々を啓蒙するのだ。終末の日が訪れん時、新たな世界へ向かう魂が清く、啓蒙に値するならお主は「啓蒙の獣」となろう。そうでなくともお主は「獣」として目覚めよう。

この世界は堕落し過ぎた。良くするのではなく、これ以上悪くならないようにせよ」

 

ここで交信は終わった。

彼の言葉をまとめるならこうだ。

本能を克服せよ。食べることを辞め、眠ることを辞め、性欲を抑えろ。性欲を抑える為に、性欲に塗れた汚い人間を殺してその血を浴びろ。そして、叡智を集めろ。

彼の言う通りだ。この世界は堕落し過ぎた。私もまた…。

私は本当に「獣」になれるのか…?